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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1869号 判決

控訴人 有限会社丸カ柏屋商店

右代表者代表取締役 佐久間久男

右訴訟代理人弁護士 小笠原市男

被控訴人 袖ケ浦木材埠頭株式会社

右代表者代表取締役 亀頭正三郎

右訴訟代理人弁護士 浜名儀一

右訴訟復代理人弁護士 土佐康夫

主文

控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審とも控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は、当審において訴を変更し、「被控訴人は控訴人に対し金二八四万一三九九円及びこれに対する昭和五四年三月六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のように述べた。

(1)  控訴会社は木材の売買等を業とするものであり、被控訴会社は木材の荷受・保管等を業とするものである。

(2)  別紙目録記載の木材(以下「本件木材」という。)は、訴外古久松木材株式会社(以下「古久松木材」という。)が所有していたが、古久松木材はこれを昭和五三年一二月二九日訴外株式会社幸建(以下「幸建」という。)に売却し、控訴会社はこれを昭和五四年一月一一日幸建から買い受けて所有者となった。

(3)  古久松木材は本件木材を被控訴会社に寄託し、同社を占有代理人として占有していたが、昭和五四年一月八日被控訴会社に対し、幸建を荷渡先とする荷渡指図をして、幸建に本件木材の占有を移転し、幸建は同月一九日被控訴会社に対し、控訴会社を荷渡先とする荷渡指図をして、本件木材の占有を控訴会社に移転し、同時に控訴会社が被控訴会社と寄託契約を締結して、控訴会社が被控訴会社を占有代理人とする占有をするに至った。

(4)  しかるところ、古久松木材は同年二月二八日、幸建との間の本件木材の売買契約を解除した。しかしながら、右解除によっては控訴会社の権利を害することをえず、本件木材の所有権と占有権とは依然として控訴会社に存する。

(5)  しかるに、被控訴会社は古久松木材の不当な要請に盲従し、昭和五四年三月五日、本件木材中控訴会社に引渡を了していなかった一八九本(別紙目録(3)のうち九六本、(4)の九三本)を古久松木材に返還して控訴会社の所有権を侵害し、控訴会社に対し右木材代金相当額である金二八四万一三九九円相当の損害を負わせるに至った。

(6)  よって、控訴会社は被控訴会社に対し、右損害の賠償として金二八四万一三九九円を、これに対する不法行為の後である昭和五四年三月六日から支払ずみに至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金とともに支払うことを求める。

二、被控訴人は「控訴人の請求を棄却する。」との判決を求め、控訴人の主張に対する答弁として次のように述べた。

(1)  請求原因(1)の事実、同(2)のうち本件木材が所有者古久松木材から幸建に売り渡されたこと、同(3)のうち被控訴会社が本件木材を古久松木材から寄託を受けて保管していたこと、同(5)のうち被控訴会社が控訴人主張の木材を古久松木材に返還したこと、はいずれも認める。

(2)  被控訴会社本件木材全部につき古久松木材から控訴人主張のような荷渡指図を受けた事実はない。被控訴会社は、昭和五四年一月一〇日頃古久松木材から荷渡先を幸建とする荷渡指図書のコピーの送付を受け、さらに電話で「本件木材の出庫を求める者が来た場合は、その都度古久松木材に連絡し、出庫の可否を確認して欲しい」旨の指図を受けていたところ、同月一九日頃控訴会社から幸建の発行した被控訴会社宛の荷渡指図書が提出され、その頃から何回かにわたって本件木材の引渡を控訴会社から求めて来たので、その都度古久松木材に連絡してその承認を得た上で出庫して来たのであり、被控訴会社が幸建や控訴会社から木材の寄託を受け、その占有代理人となったことはない。

(3)  ところが、同年二月一九日以降は、寄託者である古久松木材から「出庫してはならない」との指示があったので、被控訴会社はそれに従って控訴会社の引渡要求を拒否し、その後古久松木材の求めにより、保管中の木材を同社に返還したもので、これにつき控訴会社から責任を問われる理由はない。

三、証拠関係〈省略〉

理由

一、控訴会社が木材の売買等を業とするものであり、被控訴会社は木材の荷受・保管等を業とするものであること、古久松木材がその所有に係る本件木材を被控訴会社に寄託し、被控訴会社においてこれを保管していたこと、古久松木材が右木材を幸建に売り渡したことについては、いずれも当事者間に争いがない。

二、〈証拠〉を総合すると、次のような事実が認められる。

(1)  古久松木材では、倉庫業者に寄託中の商品を他に売却した場合、代金の支払を受けるか確実な決済が予測されるときは、買主を荷渡先とする倉庫業者宛の荷渡指図書を作成して、買主に正副二通を交付し、その正本を倉庫業者に呈示して商品を引き取らせることとしていたが、幸建との間の本件木材の売買にあたっては、契約時に現金による代金の支払はなく、将来の回収についても確実な見通しが持てなかったため、幸建を荷渡先とする被控訴会社宛の荷渡指図書を作成はしたが、これを幸建に交付せず、信用状況の推移を勘案しながら商品の出庫をなしうるようにとの意図のもとに、被控訴会社に対し、前記荷渡指図書の控を電送して幸建への売買を知らせるとともに、幸建又はその指図人が木材の引渡を求めて来た場合には、その都度出庫の可否について古久松木材に連絡し、出庫の承認を得た上で引渡をするように電話で指図した。

(2)  幸建は、古久松木材から買い受けた本件木材を昭和五四年一月一九日控訴会社に売り渡し、代金相当額の約束手形の振出を受けるのと引換えに、荷渡先を控訴会社又はその指図人とする被控訴会社宛の荷渡指図書(甲第一号証)を作成してこれを控訴会社に交付した。

(3)  控訴会社は、右荷渡指図書の裏面に社判を押捺した上でこれを被控訴会社に提出するとともに、同年一月一九日以降二月一九日までの間に一〇数回にわたって本件木材の出庫を求め、被控訴会社においては、その都度古久松木材に連絡してその承認を得た上で、本件木材のうち四三四本を出庫して控訴会社に引き渡した。

(4)  ところが、同年二月下旬に至り幸建の経営状態が悪化したため、代金の回収に不安を感じた古久松木材は、引渡の了っていない木材一八九本について、幸建に申し入れて売買契約を合意解除する一方、被控訴会社に対し、前述の方法による荷渡の依頼は以後撤回するので木材の出庫をしないようにと指示し、ついで同年三月五日頃、寄託契約を終了させて右木材の返還を受けた。

以上のような事実が認められる。被控訴会社が控訴会社から幸建の作成した荷渡指図書を受け取ったことは、古久松建設の指図に従って商品の出庫をするにあたり幸建の指図人を確認するためにした処置と考えられるし、同書面(甲第一号証)上にある被控訴会社係員のサインについても、受領者を明確にすること以上の意味は認められず、また保管料の負担についての記載も、幸建と控訴会社間の内部約束を記載したものにすぎず、被控訴会社との間の権利関係に関するものとして被控訴会社がこれを承認したものと認められる証拠はない(被控訴会社が幸建あるいは控訴会社に保管料の支払を求めた事実も認められない。)ので、いずれも、幸建ないし控訴会社と被控訴会社との間で寄託契約関係が成立したことを認めるべき証拠とはならず、他に、かかる契約関係の成立、あるいは前叙認定とは異なる趣旨・態様による荷渡指図のなされたことを認めさせるに足りる証拠はない。

三、ところで、倉庫寄託契約において通常一般に利用される荷渡指図書は、寄託者から寄託物の保管者たる倉庫業者に対して荷渡先を指定し、その者に寄託物を引き渡すことを依頼する旨を記載して寄託者が発行する証書であって、その所持人は受寄者から寄託物を受領する資格を有し、受寄者が右証書と引換えに寄託物を引き渡したときには免責される効力を有するが、それ以上に、寄託物に対する引渡請求権を表象するものとして証書の所持人にこれを取得させる効力を有するものではなく、又、その引渡が寄託物に対する占有移転の効力を有するものでもない。本件において古久松木材と幸建との間の売買にあたって作成された荷渡指図書についても、その方式に照らし右と別異に解するのを相当とする理由はなく、また別異に解すべき商慣習の存在も認められない。したがって、仮に右のような荷渡指図書が第三者に交付された後においても、出庫前の寄託物につき、寄託者が受寄者に対する意思表示により有効に荷渡指図の撤回をすることを妨げられることはなく、所持人が右撤回によってなんらかの利益を侵害されたことにはならないものというべきである。まして本件においては、前叙認定のごとく、古久松木材は幸建に対する荷渡指図書の交付を保留し、前記のような限定を伴った口頭による荷渡指図をしたにとどまり、控訴会社は幸建の指図人として右荷渡指図に係る荷渡先たりうる資格を有するにすぎないのであるから、さきに述べた荷渡指図書の所持人以上の法的地位を認められうべくもないことは、多言を要しないところである(控訴会社は幸建の作成した荷渡指図書の所持人であるが、幸建と被控訴会社との間に寄託関係は存しないのであるから、幸建の荷渡指図自体に固有の効力を認める余地はない。)。

これを要するに、さきに認定した事実関係のもとにおいては、本件木材中控訴会社に対する引渡の了っていなかった一八九本については、古久松木材と幸建との間における売買契約の合意解除により、その所有権は古久松木材に帰し、幸建からこれを転買していた控訴会社は、所有権取得につき対抗要件を具備していないので、右解除の効果を否定して自己の所有権を主張するに由ないものといわなければならず、被控訴会社に対する口頭による荷渡指図を撤回し、寄託契約を終了させた古久松木材の求めに応じて、被控訴会社が右木材を返還したことになんら違法の廉はなく、控訴会社には、それによって侵害されたとすべきなんらの権利も認められないところといわなければならない。

四、よって、控訴人の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条・八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 横山長 野崎幸雄)

〈以下省略〉

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